2025学校教育の今 教育移住という選択まちとともに暮らし学ぶ
福山市立 常石ともに学園

広島県福山市、JR福山駅から車で約30分、瀬戸内海に面した港町で、100年以上の歴史を持つ常石造船の本拠地でもある場所に「常石ともに学園」(以下、ともに学園)はあります。2021年度をもって閉校した市立常石小学校を活用・改修して、2022年度にイエナプラン教育を導入した全国初の公立の小学校として開校されました。

常石ともに学園地図

常石ともに学園の全景
瀬戸内海に臨む造船のまち常石と、地域とともに学ぶ「常石ともに学園」の全景。

 

ここに子どもの教育を一番に据えて考え、家族で移住した人たちがいます。移住の決め手になったこと、実際に移住してから感じたこと、今後どうしていきたいかなどを本音で語っていただきました。

常石ともに学園移住された方々

移住したきっかけは?

宮川まい香さん
宮川さん
「子どもがともに学園に行きたい」って言ったからです。他の学校も検討し、「ともに学園はこんなことをやっている」という情報を集めて子どもと共有した結果でした。もちろん家族の合意の元で移住を決めました。夫の仕事の都合から「中四国という条件」にも合致しました。
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柳さん
「見学会で娘が行きたいと即決した」ことが決め手。「じゃあ行っちゃおう」と移住を決断しました。踏み切れたのは「コロナ禍の只中、一回止まってこの先を考えるタイミングだった」こと、「イエナを公立の学校で? ありがたい」と思ったこと、そして「海と島のある風景が毎日の生活にあるなんていいなぁ」とその魅力に惹かれたことも理由です。
日塔万貴さん
東さん
既存の一般的な教育に少し疑問があり、リサーチを始め、「イエナには共感する部分が多かった」ので応募に至りました。ともに学園は、公立で壮大な実践をしているという印象と、それに参加してみるワクワク感がありました。同じイエナプランでも私学の大日向小学校より経済的に助かるという現実もありました。新幹線でのアクセスや、リモートワークできる会社と縁があったことも移住の後押しになりました。
日塔万貴さん
日塔さん
福島から沖縄へ移り住んだのち、年中の時に「おれは絶対小学校なんか行かねぇからな」と子どもに言われ、「今は楽しい小学校がたくさんあるよ。いっしょに探そう」と学校探しを本格化。場所も教育方針も様々な学校を検討した結果、「イエナが一番しっくりくる。目指す世界が一緒だな」と感じました。
私立の大日向小学校は残念ながら抽選落ち。最初は公立であるともに学園に「イエナをやりきれるのか」という不安を抱えながらも入学しました。

ともに学園に入学して感じていることは?

日塔万貴さん
東さん
公教育の中で、イエナプランの理念が言葉だけでなく日々実践されていると感じられる。「入れてよかった」。なにより子どもの楽しそうな姿を見て大変満足しています。今幸せじゃない子どもが将来どうやって幸せになるのか?って思います。
日塔万貴さん
日塔さん
子どもに初めて会った時の細かいことまで覚えてくださっていて、校長をはじめ、教職員の皆さんとお話すると、対話からにじむ温かさ、子どもの個を見つめる丁寧な関わりと努力、真正面から向き合う誠実さを感じます。
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柳さん
娘は哲学的な対話について興味が湧いたようです。私も同時に学ばせていただいていると思います。娘が楽しそうに授業の話をしてくれる時に、私もイエナの小学校に行きたかったな、とうらやましく思います。
日塔万貴さん
宮川さん
学校では先生方がまず受け止め「できるかわからないけど、やってみよう」と背中を押してくれます。その空気の中で、転入してきたときは文字を書くのがすごく苦手でそれまでの学校になじめず、「どうせ自分なんて」と言いがちだった長男が、今は「将来が楽しみ」と言えるように変わったんです。

卒業後の進路はどうする?

宮川まい香さん
宮川さん
6年間この教育を受ければどこの中学校へ行っても大丈夫なんじゃないか、たとえ中学校に行かない選択をしても、この土台があればどうにかなるんじゃないかと確信しています。だからこそ「好きにしなさい」と子どもの自己決定を尊重する姿勢を明確にできます。
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柳さん
イエナプランで6年間過ごした子は自分で考える力がちゃんとついていると信じています。ただ、今の中学校では、せっかく人として尊重されて育ってきたのにゆがめられてしまうのでは?と最近少し不安もでてきました。そのため、フリースクールや他の学校も検討し、子どもが伸び伸びと成長できる場所を模索しています。
日塔万貴さん
東さん
中学校選びは、自分で考える力をつけて子ども自身に決断してほしいと思います。私の仕事はどこでもできるし、また移住することもできるし。地域も柔軟に選べる体制で子どもの意思決定を後押ししようと思っています。
日塔万貴さん
日塔さん
ともに学園の学び方、教職員や地域との関係性が素晴らしいので、この環境で学び続けられたらと思いますが、学区の中学校に行く予定です。戸惑うこともあるでしょうが、ここで学んだ良さとその学校の良さが混ざり合って楽しく学べたらいいなと願っています。

移住者の受け入れ環境

ここは、県外から来た家族を「特別扱い」ではなく「地元の暮らし」の輪の中に迎え入れてくれる土地だと、移住者の皆さんは言います。地元と学校と移住者をつなぐサポートをしている「つねいし日和」の方々に活動についてお聞きしました。

まずは移住者が安心して住めるようにボランティアで家探しのお手伝いをしています。また地域行事に参加してもらえるような企画をして、ちょっとずつこの町全体を変えていく努力をしています。例えば地元の子だけでなく、ともに学園の子で神輿をかつぎたい子はかつげるようにしたり、年に4 回「常石お散歩日和」「夏祭り」「ハロウィン」「クリスマス」を、地域・保護者・学校全体で行ったり、他にも地域の方々と関われる場を増やしています。定住はしないかもしれない
けれど、来てもらった6 年間だけでも楽しんでもらい移住したことに納得してもらえたらと思ってやっています。中には、この地を気に入り家を建てた人もいて、新しい未来も芽生えてきて、こんな嬉しいことはないです。

移住者が「地域の良さ」に寄りかかるだけでなく地元の人たちと肩を並べて場をつくろうとする、そんな関係も自然にできあがっているようです。

常石ともに学園を支える皆さん
「つねいし日和」、「学校運営協議会」委員の井上裕樹(写真右)さんと佐藤有香さん(写真左)。「常石ともに自治会連合会」会長、「学校運営協議会」会長の梶原祐爾さん(写真中
央)。常石ともに学園校内にて。

〈取材後記〉

 今、ともに学園には、定員180 名に対して約170 名が在籍。毎年約30 名の枠は福山市内からの希望者で一杯になるという。
ここまで希望者が増えてきたのは、先生方の頑張りが評価されている結果だとインタビューに答えてくださった皆さんは口を揃えます。保護者と学校の連携もよく、先生方を信頼して移住が充実しているのが強く伝わってきました。

 (取材 高橋利直 編集 岡田承子)