山地 芽衣
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山地 芽衣

1989年浦和生まれ。東京家政大学児童教育学科を卒業後、さいたま市の公立小学校で3年間の教鞭をとる。2016年にオランダの教員養成学校に留学するも、1年後にオランダ語の力不足で悔しくも退学。その後、日系企業に勤務しながらオランダ語の習得に励み、2020年よりオランダの教員養成学校にて再挑戦中。

  • 2022年3月8日
  • 2022年3月8日
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第4話 手放すことの難しさ(山地芽衣)

渡蘭から4年、ようやく学びと暮らしの場が整う  2017年7月、渡蘭から1年が経とうとしている頃、私は在籍していたアッセンの教員養成学校を退学することにしていた。オランダ語がある程度できないことには、実習先で授業をすることも、教員養成学校の履修単位取得に必要なすべての試験に合格することも、ましてや、授業の説明や学生との議論を理解することすらできず、とにもかくにも進みようがないと痛感していたからだ。 […]

  • 2021年12月1日
  • 2021年12月1日
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第3話 チャイムのない教室で(山地芽衣)

 2016年の9月、渡蘭して間もなく始まった教員養成学校の小学校実習。私の実習クラスはとあるイエナプランスクールの高学年グループで、日本でいう小学校4〜6年生の26人の異学年学級だった。ここに週2日、実習生として通っていたのだが、ここで初日から私が個人的に取り組んでいたことがある。それは子どもたちや先生を観察することだ。 小学校とはいえ、ここはオランダ。日本の小学校とは異なる部分が数多くある。まず […]

  • 2021年6月8日
  • 2021年9月29日
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第2話 ちょっと教室の外に行ってもいいですか?(山地芽衣)

 私が入学した教員養成学校はオランダの北に位置する人口7万人弱のアッセンという小さな街にあった。この教員養成学校には、全日制の4年コースと定時制の2年コースがあった。前者の大半は、日本でいう高校を卒業して進学してくる学生が占める。一方で後者には、すでに何かしらの学位を取得していることが入学条件にあるゆえ、20代半ば〜50代という幅広い世代や経歴、背景をもった学生が集まることになる。私は日本の大学を […]

  • 2021年3月1日
  • 2021年8月23日
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第1話 3つの「ない」が私のスタート

 念願の渡蘭から4年。短い時間のようにも思えるが、あらゆる経験と目まぐるしい心の変化でつまった月日となった。当初は、先が想像しきれないからこそ、不安も抱きようがなかった。  日本の公立小学校の先生から、オランダの教員養成学校の学生へと立場を変えた私は、環境が変わることで、それまで見えていなかった自分ばかりが見えてくるということは、このときはまだ知る由もない。カルチャーショックどころか、自分ショック […]

>イエナプラン 共に生きることを学ぶ学校

イエナプラン 共に生きることを学ぶ学校

フレーク・フェルトハウズ、 ヒュバート・ウィンタース 著 リヒテルズ 直子 訳

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