第6話 私のスーパー先生(山地芽衣)

実習クラスの先生の誕生日に、先生の大好きなサッカーで遊ぶ先生と子どもたち。

 教員養成学校2年目の実習校も、ありがたいことにイエナプランスクールとなりました。隣の田舎町にある学校は、家から自転車で40分ほどのところ。低学年クラスが5つ、中高学年クラスが6つずつの合わせて17クラスという大きな学校で、各クラスが3学年で成り立っています。移民が少ない地域で、大半が白人の子どもたちの学校です。 ※低学年はグループ1と2(日本の幼稚園の年中、年長)。中学年はグループ3〜5(日本の小学校1年生~3年生)。高学年はグループ6〜8(日本の小学校4年生~6年生)。
 私の実習クラスは中学年4という26人のクラス。日本でいう小1のグループ3が11人、小2のグループ4が8人、小3のグループ5が7人。先生はこのクラスで教員として働き始めて3年目という若手の女性の先生です。
 私は最初の半年は週に1日、後半の半年は週に2日という日数で実習をします。が、最後の四半期は自分でクラス運営をする卒業実習で、実習課題として求められる能力のレベルが上がっていきます。その名の通り卒業に関わってくるので、子どもたちや担任の先生と相性がよかったらいいな、と願わずにはいられませんでした。同時に、オランダ語が不自由な私に実習生とはいえクラス運営という責任ある役割を担わせてくれるなんて、一体どんな人なんだろう、と興味津々でもありました。
 結論から言うと、どの学びもあのクラスのあの先生のもとだったからだと気づかされるほど、想像以上に多くのことを学ぶ一年となりました。そこでの実習を終えてからは、あらゆる学校現場で代行教員として働いていますが、当時の実習での学びが今でも大いに生きています。

 ここからは、その先生からどんなことを学んだのか、なぜ学べたのかをお話ししたいと思います。

不安なときこそ

 この一年間で彼女の口から一番聞いた言葉は、「ただ、やる」。朝クラスに着いて、「おはよう、元気?」と彼女と話をすると、その流れでその日の授業の心配なことを私は大抵いつも話していました。すると彼女は「まあ、ただやってごらん。大丈夫、なんとかなるから」と答えます。彼女の言いたいことは、つまり、不安な気持ちに目を向けるよりも、やるべきことに集中してやってごらん、ということなのです。それを言われる度に、「ああ、自分で妄想した不安に、また自分自身をおとしいれていた…」とハッとさせられていたのでした。
 私はまた、自分が満足できるような授業ができたかどうかにも、毎回一喜一憂していました。「まだ上手くできないことはあっても、回数を増やしていく内に自ずとよくなってくるから。私がそうだったから大丈夫だよ」何度かそう言われたこともありました。
 『結果に一喜一憂するのではなくて、授業目標を達成するために目の前の子どもたちの様子をよく観察する。どう対応するかに集中する。それをいつも心がけて実践することでこそ、成長していく』。教員としての成長を長い目で見ていく大切さを知っているからこその、「ただ、やる」という言葉だったのです。

失敗から学ぶということ

 ネイティブのように話すことが難しいオランダ語コンプレックスを持つ私にとって、スペリングの授業をするのは恐怖の時間です。オランダ語は、発音する通りに綴り、綴る通りに発音することが基本。つまり、スペリングの授業の書き取りでは、私が正しく発音できない限り、子どもたちは正しく書き取れないのです。
 ある日、仔馬にあたる単語を書き取らせることがありました。シーンと静まり返った教室で、私はオランダ語で「仔馬」と発音し、書き取らせました。すると、子どもたちは困った顔をしています。もう一度繰り返すと、「落ちる?満たす?汚い?なんて言った?」とザワザワ。教室の隅に座っていたクラスの先生は私の授業案を睨みながら目を通すと、途端にぶわっと笑い出しました。彼女は、この状況が私の誤った発音が原因で起きているのだと分かり、謎が解けておかしくなってしまったのです。子どもたちの中には、「あ〜、これでしょ、ヒヒィ〜ン」と真似をする子もいて、私ももう笑うしかありませんでした。
 間違いなくこの経験は、失敗ではあります。でも、彼女や子どもたちが私のオランダ語を非難することなく笑いに変えてくれたことで、私にとってはポジティブな学びになりました。発音の難しさに加えて、「失敗って別に悪いもんじゃないかも」と思えたのです。

ネガティブなことって考えたこと、ある?

 私は教員養成学校からのありとあらゆる実践課題に実習クラスで取り組まなければなりませんでした。一度切りの授業で終わる課題などなく、数週間、長ければ数ヶ月をかけて取り組むものもありました。新たな実習課題を始める前に、事前に彼女に相談をします。「こういう実践課題があって、私はこういうテーマでこんな風にやりたいんだけど、どう思う?」彼女の第一声は必ずいつも「いいね!」。私の課題のやり方によっては、潰れる授業が出たり、イレギュラーな時間計画でやらなければならなかったりしますが、それを含めても、かなり前向きなGOサインを出してくれました。計画からずれてきてあらためて調整が必要になっても、その都度ベターを一緒に考えて遂行させてくれるのです。
 彼女のオープンで前向きな姿勢は、ふと気づけば、私にだけでなく、子どもたちにも同僚の先生たちにも、保護者に対しても同じでした。もちろん、子どもたちが授業に集中できなくなりそうなことや、クラスのスケジュールにどうしても合わないことについては、明確にNOと伝えますが、その理由と、どんな方法なら可能なのかを考えて伝えていました。学校という場所に起こる予想外の展開に対して、寛大な心でまずは必ず受け止めてくれる、そんな彼女に私はどうしても聞いてみたくなりました。「今までの人生で、何かをネガティブに考えたことってある?」と。すると、彼女は頭上を見ながらじっくりと考えて、「…ないねぇ」と答えました。考える必要性がないゆえに、考えたことがないと話してくれました。

 彼女が私に与えてくれたのは、挑戦させてくれる場所と、失敗から学ぶ意味を学ぶ機会、そして、その中で成長していく時間でした。
なぜ彼女にはこんなことがいつでもできるのかと考えていましたが、実習を締めくくる評価のときに、「めい、もっと自分を信じるんだよ」と言われて分かったのです。
 『何が起きても、私なら大丈夫、と自分を信じられること。それが周囲の人の成長を促し励ますことにつながっていること』
 それは、彼女自身が常に表していたことだったのです。(続く)

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