第15話 異年齢の空間(リレーエッセイ)

 昨日の雨は嘘のよう。太陽がおはようと言っている。草木に滴る朝露の雫まで、ピカピカと嬉しそうだ。

 児童ホームでのお昼ごはんに、ふと、「たこ焼き」を食べようと思った。

 最近知ったのだが、宇宙には、「たこ焼き」があるらしい。もちろん、本当のたこ焼きがあるわけではない。「たこやき」という名前の小惑星があるのだそうだ。名前は、事前に公募されたいくつかの名前から、子どもたちの拍手の大きさを基準に決めたという。

 なんて素敵なんだ。「私があの星の名前つけたんだ〜」なんてことを言える。素敵だなぁと思う。私も、もし、いつか星を見つけたら、児童ホームのみんなと名前をつけたい。

 そんなことを考えながらたこ焼きを食べ終えると、「ただいま〜」と、子どもたちが学校から帰ってきた。いつもの児童ホームのはじまりはじまりである。

 児童ホームは、自然と異年齢の空間になっている。私の児童ホームは、今年度で3年目を迎える。やっと1年生、2年生、3年生が通うようになった。そして、異年齢が3つ揃うと、子どもたち1人ひとりの違いが多過ぎて、違うことが当たり前になる。

 でも、「違い」は、面倒なこともある。よく衝突が起きる、違い過ぎて、相手を理解できないときもある。

 急に大きな声を出すりょうくん(仮名)がいる。最初はみんなもりょうくんがなぜ大声を出すのか理解できず、きつく注意したり、怒ったりしていた。私もどうしたらいいか分からず、注意ばかりしていた。「違い」を受け入れながら共に生きる難しさと私は葛藤していたのだ。

 ある日、児童ホーム中に寝てしまった人を起こそうと作戦会議をしていた。すると、ある子がこう言った。「あ!大きな声を出すことが得意なりょうくんとやろう!!」と。そしてみんなで大きな声を出した。「おーきーてぇぇー」と、たぶん、日の出を告げる雄鶏も嫉妬するくらいの音量だったと思う。

 違うって面倒だけど、ある日、共に生きててよかった、そう思える日が来るんじゃないかって思えた日だった。

 もう一つこんなエピソードがある。

 側転が大好きなりおさん(仮名)。もはや移動手段が側転になっているくらいだ。りおさんは、しっかり者で、児童ホームの前で売っている野菜を買いに来たお客さんに、丁寧にご挨拶をする。

 そんなしっかり者のりおさんは、みんなで決めたルールを守ることにも厳しい。ルールを破った人には、手を腰に当てて、「もう!!」とプンプン怒っている。ところが、りょうくんときたら、数々のルールを平気で正面突破で破っていく。その姿を見るりおさんは、りょうくんに対して、プンプンどころか、もうブンブンと言うくらい怒る。

 そんなわけで、2人はよく衝突している。性格が水と油のように違うのかもしれない。

 ある日、りおさんが見事な側転をしていた。それをみていたりょうくんが、「僕もやってみたい」と言った。りょうくんが「〜やりたい」って自分から言うなんて滅多にないことなので、私はちょっと感動して様子を見ていた。

 りょうくんは、りおさんに側転の仕方を教えてもらっていた。「こう?」「いや、こうだよ」「こんな感じ?」「もー、違うってばー」

 あぁ、これぞ異年齢の良さだなぁ。水と油は混ざらないかもしれない。でも、隣にいることはできるんじゃないかって、そんなことを考えた。

 学びには、「あぁなりたい」「こんなことができるようになりたい」が必要なんだと思う。「こんな風になりたい!!」って心から願った瞬間、学びは止められなくなる。そして、「あぁなりたい」は、いつも誰か他の人との関係性の中から生まれるもののように思う。

 異年齢で過ごすと、「え、ちょっとかっこいいやん」「私もやりたい」と思う機会が増えているように感じる。大抵は、年下の子が年上の子を見てそう思うようだが、必ずしもそうでないこともある。異年齢学級では、みんな違っているのが当たり前なので、お互いがお互いを見ているうちに「あぁなりたい」が生まれやすい。

 最近の児童ホームでは「定規で線を引きたい」「ヨーヨーできるようになりたい」「綺麗な字を書きたい」などを、人から言われてではなく、子ども自身が自分で感じて練習している。今年から3学年の異年齢になったが、2学年だけだった去年に比べてみても、誰かに言われて「〜させられている」という機会が、減ってきているように感じる。

 学びの火を灯す環境として異年齢グループっていいなぁと感じる。(キタバ)

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