家庭でできる「本質を観る“対話”」第2回
2月14日(土)、区民の対話の場を催している市民団体「いたばし対話プラス(東京・板橋区)」主催の対話ワークショップに参加してきました。前半は、大分県玖珠町の学びの多様化学校設立に携わった上田椋也さんの講演「学びの多様化から考える『みんなが主役の教育のつくりかた』」。後半は、苫野一徳先生(熊本大学大学院教育学研究科准教授)が立ち上げた一般社団法人ホンシツカンシュの阿部翔さんによる対話の時間。教育をめぐる思いを持ち寄り、違いを認め合いながら共通了解を探る、静かで熱のある2時間でした。
「よい教育」を体験から見つめ直す

後半のワークショップでは、講師の阿部さんが哲学対話の手法である「本質観取」について具体例を交えながら分かりやすく説明してくださいました。本質観取とは、あるテーマについて一人ひとりの体験や本心を出し合い、そこに共通する大事な要素を探していく対話の方法です。今回のテーマは「よい教育とは何か?」。参加者は、自分の経験を手がかりに語り始めました。

一人ひとりの体験から対話が動き出しました。
最初に確認されたのは、「みんなは対等な対話者であること」「相手の話をよく聞くこと」「誰もが納得できる共通了解を探すこと」「沈黙も大切にすること」。知識や立場ではなく、その人自身の実感から語ることが大切にされていました。
対話が始まると、「テストのためだけの勉強は苦しかった」「先生に認められてうれしかった」「楽しい授業はいまも覚えている」など、多くの具体例が出されました。よい思い出だけでなく、つらかった経験も大切な材料として受けとめられ、そこから対話が少しずつ深まっていきました。
モヤモヤの中から共通の言葉を探す

するものを探り続ける中で、対話がだんだん深まっていきました。
具体例が出そろったあと、各グループはそこに共通するキーワードを探っていきました。出てくる言葉はさまざまで、すぐに一つにまとまるわけではありません。それでも、だれかの意見を論破したり、正解を決めたりせず、違いを受け止めながら聞き合う中で、それぞれが大切にしている教育観が少しずつ見えてきました。
最後の発表では、「みんなで」「安心感」「待つこと」「自己理解」「居場所」「楽しい」「誰かが認めてくれる」「余白」などの言葉が挙げられました。どのグループの発表にも、よい教育とは子どもを型にはめることではなく、その人らしさが育つ土壌をつくることだ、という思いがにじんでいました。

共に考える時間そのものが豊かな学びになっていました。
家庭でできること
家庭でも、子どもの言葉をすぐ評価したり結論づけたりせず、「どうしてそう思ったの?」と一緒に考えてみることから、小さな本質観取は始められます。うまく話せなくても、答えを急がず、モヤモヤを大切にすること。その時間が、親子のあいだに共通の言葉を育て、家庭の対話を豊かにする一歩にもなりそうです。
(取材・文 ほんの木 協力 いたばし対話プラス)


