帯津三敬病院名誉院長 帯津良一
私は、いわゆる恋愛結婚ではありません。ある夕方、東大の赤門の前を歩いていたとき、医学部の先輩にばったり会いました。「おい、帯津くんじゃないか。ちょっと一杯」と誘われ、居酒屋で飲み始めました。しばらくすると、その先輩が「俺の姪をもらわないか」と言うのです。
その姪御さんには、以前一度会ったことがありました。飛び抜けた美人というわけではないのですが、顔立ちは整っている。そして何より、肌の色が私の好みでした。アイボリーホワイト、象牙色。そこで「向こうはどう思っているんですか」と尋ねると、「大丈夫だよ」と先輩。私は「じゃあ、もらいましょうか」と、その場のなりゆきで結婚を決めてしまったのです。
初めてのデートは六義園でした。待ち合わせ場所に行くと、彼女は和服姿。小さな公園でたいへん目立ち、「これは参ったな」と思いながら丸木橋を渡っていると、向こうからやはり和服の男女が歩いてきます。よく見ると、男性は作家の水上勉さん、女性は女優の若尾文子さん。私が大好きだった女優です。「本当は若尾文子と結婚したかったな」と内心思いながらも、もちろんそんなことは叶いません。
後年、対談の席で若尾さんと偶然再会し、「六義園でお会いしたのを覚えていらっしゃいますか」と話しかけると、「全然覚えていないわ」と笑われました。こちらは鮮やかに覚えているのに、向こうはすっかり忘れている。その落差こそ人生の妙味でしょう。六十代以降、私はようやく、人生の陰影を含んだ「女性の色気」を正面から味わえるようになったのだと思います。


東大医学部卒の医師。外科医としての経験を土台に1982年に埼玉・川越で帯津三敬病院を開設、2004年には池袋に統合医療の拠点(帯津三敬塾クリニック)も立ち上げた。西洋医学に漢方・気功・食事などを重ね、「医療と養生の統合」を目指すホリスティック医学を提唱。NPO「場の養生塾」などで“いのちの場”を整える暮らし方を伝え、日々の気功を欠かさず現役医師とともに講演を続けている。
