2025 学校教育の今 みんなが主役の学校
くす若草小中学校

博多駅から特急で1時間50分。
豊後森駅が玄関口の大分県中西部、人口1万4千人の玖珠町。
その玖珠町に2024年4月に開校した公立の小中一貫校の学びの多様化学校「くす若草小中学校」を訪ねてきました。

九州地図 玖珠町

構想から開校まで

くす若草小中学校は、九州初の小中一貫の「学びの多様化学校」です。特徴は、子どもたちの個性に合わせて柔軟なカリキュラムが組めることで、例えば一人ひとり個別に自由進度で学習できるのです。
この先進的ともいえる学校が誕生したのは、学校現場の危機感が背景にあったからです。
玖珠町では不登校の小中学生が2014年度は7人でしたが、コロナ後の2022年度は47人まで増加しました。特に中学校の不登校率が11%に達しており、これは全国平均の5%に対して非常に高い数字です。
玖珠町の梶原教育長は、そんな不登校の現状を解決したいと模索していました。ちょうどその頃、文部科学省から教員として派遣されていたのが上田椋也さん。ある日、梶原教育長に呼ばれ、「今、川で溺れている子どもを放ってはおけない。何としても2024年4月開校で学びの多様化学校をつくれんやろうか」と相談を受けました。それが2023年の7月。そこから学校づくりがスタートしまし
た。準備期間は1年足らず。「非常識」とも言える短期決戦の末、開校に漕ぎつけました。

初代校長のたけしさん

校長の小原猛さん(通称たけしさん)は、県の教育委員会等で18年間、教育行政等で特に人権教育に長く携わっていましたが、学校長の経験はありませんでした。内示で玖珠町の新設小中一貫校の校長にと言われたときは正直驚いたと言います。
「異動発表の前日に知りました。翌日新聞に出てから玖珠町の梶原教育長に挨拶の電話をしました」
すると梶原教育長から、「小原さん、待ってたよ。どうするかい?」と言われたそうです。「そう言われても、18年ぶりの学校で、しかも学校長やから何していいかもわからん。まず、玖珠町に住みます」と言って単身赴任で住み始めました。

初代校長のたけしさん
初代校長のたけしさん。小学校教諭、別府市教委等で教育行政を経て、くす若草小中学校長に就任。

新設校、ゼロからのスタート

校長に就任してまず手がけたことは、「学校教育目標」をつくること。通常、学校教育目標は学校長がつくり教職員に示すことが多いのですが、それに違和感があったたけしさんは、教員10名全員一致でつくり上げるという強い信念を持っていました。
「一人ひとりが主役になる学校をつくっていく」という大きなコンセプトは10名の先生方とも共有できていましたが、初めてみんなでつくるのですんなりとは決まりません。
1案目は、目指す子ども像、教職員像、地域像みたいな、本当にオーソドックスな感じでした。すると小学部の若い教員が、「たけしさん、なんかちょっと違う気がする」と言い始め、「お、いいな〜。よし、じゃあもう1回ガラガラガラしよう」と。こんなことを3、4日間繰り返しながら段々みんな煮詰まってきたので、数日間、思考充電期間を設けました。もちろん、その間は校内清掃や備品の配置などやらなければならない仕事はたくさん。

鍵は教員同士の信頼関係

さて、充電期間を経て議論を再スタートすると多視点から意見やアイデアが出始めました。「最初、主語が子どもがとかそんな言葉やったんです。一生懸命子どものことを考えたかもしれんけど、実はこれって私たち大人も目指す大事なことだよねと、主語だけは私に決めさせてもらいました。一人ひとりという主語です。この言葉には、子どもも入るし、教員も、保護者も、地域の方々も入るし、ということで。もちろん、最後は全員一致で決まりました」
こうしてじっくり10日間かけてつくりあげたのが、今の学校教育目標『みんなが主役の学校 みつける・つながる・ひろげる』です。

 

くす若草小中学校職員の方々
学校の職員とたけしさん(前列右から3 人目)と上田さん(前列右から2 人目)。
上田さんもたけしさんとともに学校運営に携わっている。

 

現在の平均出席率は75%前後です。前年度180日欠席していたのに、ここではほとんど休まず通っている生徒もいます。校長先生はじめ、先生や子どもたちは自分で呼ばれたい名前を決めて呼び合い、登下校時には先生たちが玄関に出て挨拶をしています。子どもたちは、ゆるやかに自由に伸び伸びと学校生活を送っています。

くす若草小中学校教室の様子
イエナプランのコンセプトを参考に対話を重視し、自分のペースで学べる
自由進度学習、3 学年で1 学級の異年齢学級、グループでの探求学習なども
取り入れている。中学生のほとんどは高校進学を目指している。
くす若草小中学校登下校の様子
毎日、スクールバスで
通う子どもたちに、自ら率先して笑顔とハイタッチでお出迎えとお見送りをするたけしさん。
くす若草小中学校教育目標
10 日間かけて、全教員一致でつくったくす若草小中学校の学校教育目標。
1 日の時間割の例。午前中は個別に学ぶ教科の時間。午後は主にグループ活動する探求の時間。

 

取材を終えて

人口1万4千人。世帯数580世帯。中学校1校、小学校6校の玖珠町に、新たに九州初の小中一貫校の学びの多様化学校ができたのは、様々な偶然が重なり合った結果だということが、直接伺ってよくわかりました。
そして、「こういう過程を経れば、教育の理想を追求した学校はできるんだな」という手本もできたと思いました。
これからは「こういう学校を計画的につくっていけるといい」「そのためには、どこにどう提言したらよいのか」と、東京に戻る飛行機の中で考えていました。

(取材・文 ほんの木 高橋利直)