第7話 イエナプラン校の自由作文(リレーエッセイ)

 ペーター・ペーターセン、イエナプラン教育の創始者。彼のことは、このサイトをご覧の皆さんならば、さすがに名前をご存知かと思います。では、セレスタン・フレネは? 彼は自身の名前の冠されたフレネ教育の創始者です。フレネは、学校をラディカルに問い直し、自由テクスト(自由作文)をはじめとした数々のフレネ技術を用いて、子ども中心の民主的な共同体としての学校を生み出そうとしました。彼は自身と仲間たちが目指した学校を「現代学校」と呼び、学校の現代化を推進する運動(現代学校運動)をフランス国内に留まらず、国際的にも推進しました。

 モンテッソーリ、ダルトン、シュタイナー……数あるオルタナティブ教育の中から、ここで敢えてフレネの名前を出したのは、他でもなく彼がペーターセンと親密な交流を持っていたからであり、2つの教育が今でも多くの価値観を共有するのみならず、互いの実践に学んだり、共同で教材開発に取り組んだりする特別な関係性にあるからです。

「でも、それは一体どんな風に?」
「実際は、どうなってるの?」

 ひょっとすると、そんな疑問が湧いてくるかもしれません。これについて私自身も学びの途上にありますし、答え得る全てをここに書き出すことは難しいのですが、今回は私が見てきた事例を1つ紹介することにします。

 2017年、10月。私はオランダ3ヶ月研修の最初の実習先である、イエナプランスクール イン・デ・マネにいました。私を迎え入れてくれたのは、グループ3~5(日本の小1~3)のクラス。グループリーダーはこの学校の卒業生だという教員3年目のアンナ(仮名)でした。3年目とはいえ、彼女のグループリーダーとしての振る舞いは既に堂に入ったもので、そこにはリズミックな時間が流れていました。

 ある日、いつものようにブロックアワー(自立学習)の時間の終わりに全員がサークルに集まると、自由テクスト(自由作文)の発表が始まりました。発表といってもかしこまったものではなく、発表者はサークルの形に並べた椅子に座ったまま、ことさらに声を大きくすることもなく、自分自身の自然な声で淡々と作文を読んでいきます。

 残念ながら、読み上げられる作文の内容はオランダ語なのでわかりませんでしたが、教室の壁に飾られている作文などから察するに、子どもたちは主に自分の身近なテーマについて、それぞれ思い思いに書いているようでした。この学校では、毎週1つの自由テクストをかくのがブロックアワーの課題になっていました。

 何人かの発表が終わり、続いて隣り合って座っている2人の子が、一緒に作文を読み上げました。それは2人の合作でした。聞いている子どもたちは、日本の一般的な学校の基準からすれば、決して行儀がいいとは言えない感じです。足をブラブラさせたり、時々手を天井に向けて体を伸ばしたり、サークル全体を見渡せば、見た目には必ずどこかで何かがチラチラと動いている。そういう基準で見るならツッコミどころは満載です。しかし、それでいながら、子どもたちは誰一人として発表者を遮るようなことはせず、発表が終わると人差し指を立てて(オランダ式の挙手)作文の内容に関係する質問を次々に出すのでした。ペーターセンがこれを強調したように、子どもたちは「本当の意味での動きの自由」を保障されているようでした。

 その後、2人の子の共同発表が終わり、質問のやりとりも済むと、グループリーダーのアンナは何人かの子の名前をコールしました。どうやらその日までに作文を発表した子の名前を、確認のためにもう一度呼び上げているようでした。それが終わると、子どもたちはおもむろに目を瞑って下を向きました。

(おや、何が始まるんだ?)

そうと思っていると、アンナは先ほど呼び上げた子の名前を、もう一度1人1人コールしていくのでした。

「ユウリ」
「ダルク」
「エマ」
  ・
  ・
  ・

 名前がコールされる度に、それぞれ幾人かの手が挙がります。名前は次々に呼ばれ、子どもたちはスッと黙って手を挙げていくのですが、ここまで来て、私には子どもたちが何をしているのかがわかりました。投票をしているのです。

(フレネ教育では、一定期間に読まれた自由テクストの中から、クラスのメンバーに最も支持された作品を1人1票の投票によって選び出し、祝福します。そして、そのテクストを「どうしたらもっと良くできるだろう?」と共同で推敲することなどを通して言語を学びます)

 状況を理解した私は、挙手した人数を数えようとしました。が、無駄でした。投票はとても早いテンポで進み、恐らくアンナも正確な数を把握はしていなかったのではないかと思います。続いて、彼女は自分の両ももに手のひらを乗せ、パタパタパタパタッと打楽器のように鳴らし始めました。何人かの子どもたちも一緒になって両ももを叩きます。ドラムロールです。

 そして、アンナは1人の子の名前をコールしました。
「(選ばれたのは)エマよ」

 おお~。一同声を挙げ、拍手。オランダ語なのではっきりとはわかりませんが、続けてアンナは「でも、選ばれなかった子もよかったのよ」というようなことを言っていたと思います。

 この時、私の中にはわずかな疑問が生じていました。
「あれ? エマより一つ前に呼ばれた子の方が、多くなかったっけ…?」

 ブロックアワーは終わり、外遊びの時間になりました。子どもたちが勢いよく校舎を飛び出して行きます。アンナも外に出て、グループリーダーたちが自由に使えるコーヒーメーカーから抽出したあったかいコーヒー(それともホットココア?)の入った赤いマグカップを持ち、子どもたちの様子をリラックスして見守っています。そこで、私はついさっきの問いを持ちつつ、彼女に話しかけてみることにしました。やり取りはおよそ次の通りでした。(名前は全て仮名)

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大輔 :「今日は自由テクストを読み上げた後に、子どもたちが手を挙げていたね。あれは、どの作文がよかったか決めていたの?」
アンナ: 「そう。でも、ホントはダルクが多かったのよね。でも、わたしはエマを選んだ。エマは大人しくてあまり目立たない子だけど、ダルクは人気のある子で目立っているから。子どもたちの中にもやっぱり人気のある子というのはいて、ユウリやダルクのように、よくしゃべる人気のある子のことをよく選ぶのよ。つまり、子どもたちは友だち関係で選んでいるのだけど、わたしは違う。選ばれたテキストはみんなで文章を学ぶときに使ったりもするし、いろいろなことを考慮して決めるの。これでエマは今週とてもウキウキして過ごすと思うわ。子どもたちはみんな目をつぶっていたでしょう? だから、わたしがエマを選んだのはバレてないわ(笑)」
大輔 :「なるほど(笑) ぼくはそれはいいことだと思うよ。それはつまり、投票をしたということだよね? 自由テクストをはじめたフレネ自身の実践では、すべての子が1人1票を持っているね。そして教師も同じ1票を持っていて、おそらく目は瞑らずに数をかぞえるようにしていた。そこのやり方は少し変えているんだね?」
アンナ :「そうね。でもグループ6~8(日本の小4~6)になったら、子どもたちも人ではなくて作品で選ぶから、今回みたいなことはしなくて済むと思うわ。わたしのクラスでも、今回はそうした、というだけよ。」

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 この時、ちょうど同じグループ3~5の先生がやってきたので、アンナはこのことについて話し、2人して笑っていました。「それはいい。そういうこともあっていいわよね」というようなこと喋っていたのだと思います。

 ここに書いたのはあくまで1つの事例に過ぎず、別の学校、異なる子どもたちとグループリーダー、違ったシチュエーションであれば、当然これとは違った取り組みが行われているでしょう。しかし、ペーターセンとフレネという2人の教育者の理論と実践が、このように現代のオランダの学校で融合されているという事実は、イエナプランとフレネという2つの教育から学んできた私にとって、特別に興味深いことでした。

 さて、オランダから帰ってしばらくしてから、私はオランダ・イエナプラン教育協会の機関紙MENSENKINDERENに、このエピソードの舞台であったイエナプランスクール イン・デ・マネの校長アレックス・オッテン氏のインタビュー記事を見つけました。’Petersen en Freinet begrepen elkaar’ Interview: Alex Otten kijkt over de grenzen van Jenaplan(「ペーターセンとフレネは互いを理解していた」インタビュー:アレックス・オッテン、イエナプランの国境を越える)と題された記事の中で、彼は自身の生い立ちやイン・デ・マネの取り組み、フレネ教育やレッジョ ・エミリアについて語っていました。インタビューは、彼の次の言葉で締め括られていました。

“Waarom niet leren met elkaar? Dat is toch prachtig?”
「お互いに学び合えばいいじゃないですか。それは素晴らしいことだと思います。」

Google翻訳に表示された日本語訳を前に、私は「ああ、全く。その通り」と深く頷き、アンナと子どもたちのことを再び思い出すのでした。(濵大輔)

<参考・引用情報>
・『言語の自然な学び方』セレスタン・フレネ(著)里見実(訳)2015太郎次郎社エディタス
・『今こそ日本の学校に! イエナプラン実践ガイドブック』リヒテルズ直子(著)2019 教育開発研究所
・“Petersen & Freinet, Jenaplan en Moderne School” Rouke Broersma & Freek Velthausz 2008 De Freinet beweging
・MENSENKINDEREN「Jenplan over de grenzen(国境を越えるイエナプラン)」2018年 第33巻 161号

https://www.jenaplan.nl/userfiles/files/mensenkinderen/mk_161.pdf
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