第2話 ワールドオリエンテーション その1

 つい最近、かつて私の学校で担任をしていたことのある卒業生と出会った。
「あ、ファンデンヒューヴェル先生でしょう。僕のこと覚えていますか」
いや、覚えていない、、、。でも、その卒業生が自分のことを話している表情を見たり、言葉に耳を傾けているうちに、ずっと昔の情景が蘇ってきた。ロバートというその卒業生が、私のクラスで起きた出来事の思い出を話してくれると、さらにまたいろいろなことが頭に浮かび、その時のクラスの子どもたちの顔も思い出されてきた。1970年代の終わり頃の、最上級生のクラスだ。生まれ育ってきた背景も文化も、実に多様で、ダイナミックで元気の良い子達ばかりがいるクラスだった。

 ロバートは今でもその時のクラスメートの何人かと連絡を取り合っているという。そして、そのうちの一人が、当時私が担任していたときに掲載された新聞記事を送ってくれたのだとも言った。その小さな記事の見出しは「デ・メースター・バール小学校は健康な学校」というものだった。記事が出る前の週に、学校では健康をテーマにしたプロジェクト学習をしていた。教室の片隅を病室のようにしつらえ、ホームドクターに学校に来てもらって自分の仕事の話をしてもらい、看護婦をしているお母さんも子どもたちに自分の仕事の話をしてくれた。救急車が来て、丸一日校庭に停車し、子どもたちは、救急車を見にいくことができた。健康食品のブースも作った。子どもたちはこんなふうにしてとても多くのことを学んだ。記事を読むうちに、当時のことがもっとたくさん思い出されてきた。

 私が、ロッテルダムの南部にあったその学校で校長になって、まだ間もない頃のことだ。当時は、校長もクラスの担任をするのが普通で、大抵は最上級生を担任することになっていた。週のうち1日だけ、担任ではなく校長の仕事をしていた。校長になったばかりで、まだまだたくさんのことを学ばなければならなかったのだが、私はやる気に満ちていた。学校を、子どもたちが喜んでやってくるところにしたかったし、子どもたちにとって安心感を得られる場所にもしたかった。そのために校長としての責任を強く感じていた。保護者とも、学校の中や周辺でたくさん一緒に仕事をした。それに、私は、その学校が、良い学校であるということを地域の人にも知ってもらいたかったので、私たちがしている学校教育の良い面を、新聞などで広めようと努力していた。

 当時私たちが従っていた時間割は、各教科を何分ずつやらなければならないとはっきり決まっていた。私が担任していたクラスでも、毎日、算数や国語、そして読みの時間が決まっていた。大体週に2回ずつぐらい、地理、歴史、生物、交通などについて学ぶ時間があった。こういう教科のためにはメソッドがあり、まず何かのテーマについて一課ずつ読んで学び、後でその課についての問題を解く、という形式のものだった。さらにその後でいくつかの課題をし、学んだことをリストで確認するというようなものだった。それは、例えば、歴史の年号だったり、都市や川の名前だったり、球根の部位についての用語を覚えたり、哺乳動物の体の部位を覚えたり、というようなものだった。

 メソッドに沿ってやる私の授業は大抵はつまらないものだった。私自身、そういう授業をすることに対して、内面から面白いと感じていなかったし、子どもたちも大抵は退屈で仕方がないという風だった。でも、時間割がそうなっているのだから、やらないわけにはいかなかった。
 そうしているうち、ちょっと別の方法でやってみようかなと思い立った。メソッドに書かれている内容の中から、私が大事だと思う、また、子どもたちがぜひ学ぶ必要があると思われる幾つかのテーマを書き出してみた。

 これらのテーマについて、しっかり準備して、深く掘り下げて教えるようにした。こうして、教科ごとにほぼ6つずつくらいのテーマを取り上げ、概要を作った。それぞれのテーマで教える準備として、私は自分で調べてみたし、いろいろな情報や材料を探して実際に使うようにした。メソッド用に作られている本は、私の情報源でもあった。このようにして、出てきたテーマを自分なりのやりかたで子どもたちに教えるようにした。

 こうすることで、仕事の仕方が、今までとは変わっていった。ストーリーを話し、写真や絵を見せ、子どもたちが自分たちで仕事に取り組むことも増えたし、家で質問したり何かを探したりすることも増えた。こんなふうなやり方をしてみると、扱われているテーマが、他の教科や他のテーマとはるかにたくさんの関係性を持っていることも分かってきた。

 学校では、ちょうど、文書センターを作ろうとしている頃だった。ありとあらゆるテーマについていろいろな情報を探し出せる場所を作っていたのだ。このセンターを作るために保護者もとてもたくさん協力してくれたし、子どもたちが何かの情報を探すのも手伝ってくれていた。

 そして、保護者や職員たちと相談して、同じ時期に学校全体で同じテーマに沿って学ぶ時間を作ろうという相談もしていた。そんなふうにして、健康、交通、宇宙、オリンピック、建造物、水、中世などといったテーマが学校全体のテーマとして生まれていたのだった。準備にはとてもたくさんの労力がかかったが、外部のメディアからは肯定的な評価を受けていたし、保護者たちも学校についてとても良い評価をしていた。

 じゃあ、子どもたちはどうだったかって? 実は、いつもよいリアクションばかりだとは限らなかった。ときにはとてもやる気満々だった。たとえば、中世の様子に触れられるタイムマシンを作ったときなどだ。このタイムマシンは、二人の熱心な保護者が作ってくれたもので、たくさんの鈴がついていて、いろいろな光や音が聞こえるものだった。

 でもほとんどの場合、子どもたちは、私たち大人が思いついたことに、なすがままに任せ、一つのアイデアから次のアイデアへと、言われるままにやっている感じだった。子どもたちは、テーマごとに様々な側面から知識を得、私たち大人は子どもたちのためにああだこうだと色々なことを考えていた。

 こうした学校規模の大きなプロジェクトで、私は、時々、子どもたちが教室の中で一つのテーマに取り組むときに感じられるような、お互い同士の熱心さや深い関わりが足りないように感じることがあった。どうしてだろう? 私たちはみんなでこんなに熱心に最善を尽くして子どもたちのプロジェクトを作っているというのに! 何が間違っているんだろう?

 私たちは、ちょうど、学校をイエナプランにしようと取り組み始めていた。そのために、このコンセプトの理論をより深く学び始めていた。そうしているうちに、私たちが作った素晴らしい大きなプロジェクトの何が間違っていたのかに、はたと気づくことになった。わたしは、すべてが始まる前に私たち大人が何でもかんでも見通し、自分たちがやる気満々となり、さらにもっと考えを深め、企画し、準備してしまっていたことに気づいたのだ。そして、一旦そのプロジェクトが始まると、大人である私たちが面白がっていて、子どもたちは私たちのアイデアに大喜びし、そこからたくさんのことを学ぶだろうと思っていたのだ。
私たちは、子どもたちを消費者にしていた!

 イエナプランは、子どもたちも自分の学びに責任を持たなければならないこと、子どもたちは、自立的で探究的に仕事に取り組んでいなければならないということを私たちに教えてくれた。そして、その探究は、みずからの問いから始まるものでなければならないということも。だから、あの大きなプロジェクトはうまくいかなかったのだ。

 私は、何か別のやり方をしなければならないということを学んだ。テーマを考えることは間違ってはいない。でも、子どもたちの問いから出発すべきだったのだ!

『ワールドオリエンテーションを進める上での心得』

●世界は一つの大きなシステムであるということを考えておくこと。かつて起きたことも、そして、今起きていることも、全てはお互いに関係しあっているということを。
●だから、子どもたちには、別々に分かれた科目から世界を見ることを教えないように。
●人は、年を取れば取るほど、生命や世界について、物事をバラバラに分けて考えるようになってしまう。小さい子どもたちは、まだ、そんな風に科目別に分けて考えたりは全くしていない。
●子どもたちには、自分の問いから世界を発見させよう。子どもはありとあらゆる問いに満たされている。その問いを使うように! それに答えを与えようとするのではなく、子どもたち自身に自分の問いに基づいて探求することを学ばせる。
●私たち大人には目的がある。大人(つまり教育)は子どもたちに何かを教えたいし、それは悪いことではない。ある種の事柄は教えられなければならないし、単純に学び取る必要がある。そういうものは、面白くしようとしてもなかなかそうできないことがある。書き、読み、算数、場所の名前などといったものは、単純に学んで覚えるしかない。
●でも、できる範囲でテーマを作李、そこから学ばなければならない中身を教えていく。それについては、私がしてしまったようにプロジェクトを作るのではなく、とても小さなことで子どもたちを刺激し、やる気を起こさせるといい。そうすると、子どもの方から自分でやる気になってくるものだ。

 次回は、実際に、子どもたちをやる気満々で、多くのことを学べるようにするワールドオリエンテーションの実践についての良い形式について書く予定だ。(続く)

イエナプラン 共に生きることを学ぶ学校
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イエナプラン 共に生きることを学ぶ学校

フレーク・フェルトハウズ、 ヒュバート・ウィンタース 著 リヒテルズ 直子 訳

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