第11話 イエナプラン、原体験を掴む<前半>(リレーエッセイ)

特別支援学校

 大学を卒業した次の年度、私は特別支援学校で講師として働いていた。将来的には小学校の教員として働くと決めていたが、その前に、通常の学校ならどのクラスにも必ずいるという障害を持つ子どもたちと一度深く関わってみよう、と思ってこの場所を選んだのだ。だが、特別支援学校に通っている子どもたちが、何から何まで「普通」とは違う子たちばかりだということを、実際に学校に赴任する前の私はよくわかっていなかった。

中学部1年のりょうた君

 私は中学部1年生の担任になった。担任は3人のチームで、子どもたちはみんな男の子。ひなた君はいつもピョンピョンと跳びはね続け、たいち君は止まない独り言を繰り返しながら絵を描き続けている。らいた君はイタズラばかりしては笑っていて、じゅん君はそれを指差しては笑っている。こうじ君はおしゃべりでチャレンジ精神旺盛。そして、私が担当した子の1人に、りょうた君がいた。

「普通」って?

 彼が発するのは言葉は文章ではなく、単語でしかなかった。「ごはん」「しっこ」……生活上必要な要求。他には、好きな車の車種も繰り返し言った。「セリカ」「カローラ」……。1人では上手くおしっこができないので、トイレには必ず私が付き添った。ごはんもスプーンを上手く口に運べないので、必ず私が隣について手伝った。ただ、ここで言う「上手く」とは、あくまで健常者の物差しで測った場合の話である。この頃は一時が万事こんな感じで、一体「普通」という物差しはどこまで確かで、どこまで役立つものなのか、私は根本から考え直さなければならない日々を送っていた。

毎日の個別学習

 さて、そんな中、学校でほとんど毎日やってくる時間に「個別学習の時間」があった。私には最初、この時間をどうしていいか全くわからなかった。何故なら、私は特別支援教育を専門に勉強してきた訳ではなく、支援学校にそのような名前の時間が設けられているということすら知らなかったからだ。先輩教員から話を聞くと、その時間は、一般の学校のように <同じことを同じペース・方法で学ぶこと> ができない支援学校の子どもたちが、国語・算数に当たる内容や手指の器用な動きなどを高めるための活動に、<それぞれの子に相応しい内容と方法> で取り組む時間だという。右も左もわからない私は、ひとまず前任者の先生がやっていたというメニューをそのまま引き継ぎ、担当の子たちの様子を見ながら、手探りで模索することにした。

りょうた君との[こべつ]の時間

 例えば、りょうた君とある時期にやっていた個別学習(通称:[こべつ])のメニューはこうだ。最初にやる教材は「絵カード」。私が互いに共通点のある2枚のカード(例えば、パトカーと救急車、チョコレートとキャンディー etc.)を差し出し「◯◯はどっち?」と尋ね、それに応じて彼がどちらかのカードを取る。次は「ビー玉数え」。これは私が最初に自作した教材で、複数のアクリルパイプを並べ立てて固定したものを使った。パイプの長さはビー玉を10こ積んだら一杯になるように調整してあり、彼がビー玉の色の並びや積む時の音を楽しみながら10の塊を認識できるように、と考案した。最後にやるのは「お絵描き」。これは単にA4の白いコピー用紙を彼に与え、「好きな絵を描いていいよ」と言うだけ。この3つを、りょうた君がどうやっていたかを、説明するのは簡単だ。何故なら、これらは彼にとって(恐らくは)つまらないもので、その様子はどの教材の場合にもほとんど変わらず一貫していたからだ。

■絵カード
必ず間違える。つまり、2枚のカードのうち、正解ではない方のカードを取る。
例えば、「りんごとみかん、みかんはどっち?」と訊けば、彼は必ず「りんご」を取る。

■ビー玉数え
そもそも数えない。ビー玉は好きなので、これをいじる。
私の自作教材を気に入ってはいるようだが、特段ビー玉いじりに勝るものではない。
止むを得ず、最後には私が彼の手をとってビー玉をパイプに積み入れ、10まで数える。
(つまり、私は「一緒に課題を終えた」という体裁だけを整えていた)

■お絵描き
クレヨンを持って、1回グシャッ。「おわた!(終わった!)」という。5秒で終了。

こんな調子なので、私はいつも[こべつ]の時間が来るのが恐ろしかった。(一体どうすればいいのだろう…)そう悩みながら試行錯誤の毎日を過ごす中、あの日は突然にやってきた。<続く>(濵 大輔)

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